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小動物たちの合従連衡


 うっすら雪が積もった丘を、橙は急ぎ足で駆け抜ける。薄っぺらな靴を通して突き刺す冷気で足先が鈍くなってゆくのにも構わず、一心不乱に上り坂の向こうを目指す。
 そうして雪景色を越えた先は一面のひまわり畑であった。じんわりと伝わる土の暖かさに、橙は小さく笑みを浮かべた。続いて橙は辺りを熱心に見回し、一段と色づいたひまわりが群生しているところを見つけると、軽やかな足取りで再び走り出した。
 狙いの地点へ辿りついた橙は周囲を確かめてから、ひまわりに囲まれた中へ身を投じた。その空間はまるで温室のように暖かい。橙は顔を綻ばせ、冷え切っていた手先をぶんぶんと振り回した。
 ひまわりのトンネルに身を縮めた橙は、茎と茎の間から遠くの空を眺めた。花畑の外側では確かに雪が降っている。それなのに、ここら一帯は白い粒一つ見当たらない。
「あら、先客かな」
 橙の視界に突然、二つのくりくりした目玉がにゅっと現れた。その者は橙と同じぐらいの背丈で、季節外れに春らしい桃色のワンピースを纏い、頭には純白ふわふわの大耳をつけている。
「ここは渡さないよ」
 橙一人でちょうど居心地の良い空間、誰にも邪魔されたくない。その一心から、気丈な態度で目の前の少女を見つめた。
「それで引き下がると思った? 残念でした」
 少女は橙の前で人差し指を立て、クイクイと呼びつけてみせる。
「そうね。体も温まったし……、望むところよ!」
 言い終わらないうちに、橙は天然の温室を飛び出した。背の高いひまわりに囲まれた小道で、両者は距離を取り対峙した。橙は手にびっしりと汗をかきながら、大耳少女の出方を慎重に窺う。どうやら相手も打って出る気配はない。生暖かい風が二人の頬を撫でた。
 その時、橙は遠くに並々ならぬ霊力を察知した。かような力は恐らくこの花畑の所有者、橙は背中に嫌な汗をかき始めた。前方を再度見てみると、向こうの少女も目が不自然に泳いでいた。両者はどちらからというわけでもなく歩み寄り、同時に提案した。
「さ、一緒に仲良く温まりましょうか」

  おわり


『ライオンとイノシシ』より