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パチュリーの自滅日


 外の日差しをものともしない暗がりの図書館にて、パチュリーは長椅子に座り本を読んでいた。するとそこへ、レミリアが勢いよく扉を開けパチュリーの眼前に迫った。
「パチェ、冬と言えば何かしら」
「寒いから自室でひきこもるのが一番だわ」
「そうよね、雪合戦よね。あれを見て頂戴」
 レミリアは図書館の入り口を大袈裟に指差した。その先には、大量の巨大な木の箱に囲まれた咲夜が両手を前に組んで佇んでいた。
「あの中には雪がびっしり詰まっているわ。
 大変だったのよ? 妖精たちに雪を集めさせるの。冷たい冷たいって子供みたいに騒ぐんだから」
 そう語るレミリアの目は燦々と輝いていた。
「咲夜ー。さっさとばら撒いちゃいなさい」
「ちょっと待って! まさかここで?」
「ええ。空間の有効活用よ」
 パチュリーは事の次第を把握すると椅子を蹴って立ち上がり、あっちへこっちへあたふたと動き回った。その間にも、かのメイド長は粛々と木箱を運んでゆく。
「え、いや、あ、なんで?」
 パチュリーが右往左往しているのをよそに、咲夜は慎重に木箱を傾けてゆく。そして、湿気を帯びた餅みたいな雪の塊が顔を覗かせ、紅の床にボトリとキスをした。その瞬間、パチュリーの動きがピタリと止まった。
「レミィ……」
 パチュリーは緩慢な動作でぬらりとレミリアの方を向いた。レミリアは表情一つ変えず、けれども一歩後ずさりした。
「なに勝手なことしてくれてるのよお!!」
 金切り声が鋭く図書館に反響した。

 ぶちまけられた雪を小悪魔と一緒に片付けたパチュリーは、椅子に身を投げると顔をしかめた。
「今日という今日は許さないわ。さっさと解決できたのはいいものの、絶対只じゃおかないんだから。
 だいたい、雪なんて触って平気なのかしら。吸血鬼として」
 うんうん悩むパチュリーに、小悪魔があたたかい紅茶をそっと差し出した。パチュリーはそれを一気に飲み干すと突然立ち上がった。
「決めた」

「どうかしら」
「はい。ばっちり大雨です」
 外から帰ってきた小悪魔の報告を聞くと、パチュリーはニッと口の端を歪めた。
「レミィ。自宅謹慎を命じるわ」
 パチュリーの密かな独白は図書館の隅に消えていった。

   *

 霧雨魔理沙は朝の散歩にと湖へ足を運んだ。
「あれ。この辺りは地面が湿っているな」
 魔理沙は土の様子を足先で確かめながら湖の畔を辿る。やがて、彼女の体は館の壁へとぶち当たった。
「お、キノコみっけ」
 壁の根元に生えている茶色のキノコを目ざとく見つけた魔理沙は、屈んで引っこ抜くとそれを衣嚢にしまった。魔理沙は再び立ち上がり、腕を組んで考えるそぶりを見せ、ぽつりと呟いた。
「もう少し探してみるか」


「やっぱり庭にも生えていたか」

「そうそう。中もじめじめしていると思ったんだよ」

「キノコの群れだ! いやあ、わざわざ地下まで潜った甲斐があったな」
 顔を綻ばせる魔理沙の視界の端に、大きな扉が映った。

   *

「鄒衍の本を取って来てもらえるかしら」
 パチュリーは小悪魔にそう告げると、うんと背伸びをして眠気を払った。小悪魔は小走りで本棚へと向かった。だが、小悪魔は足を引きずるようにして帰ってきた。
「パチュリー様。その、ありません」
「え、そんなはずはないわ」
 伏し目がちな小悪魔をその場に残し、パチュリーは自ら本棚へと飛び込んだ。小悪魔の言うとおり、求める本だけがぽっかりと行方不明になっていた。
「どうして。昨日まではあったはずなのに」
 パチュリーはぐるぐる回る頭の中で必死に考えを纏めた。
「昨日…………。雨を降らせて…………。
 雨……、水…………。水(しゅい)は木(むー)を生む…………」
 突如、パチュリーはカッと目を見開き、頭をくしゃくしゃに抱えた。
「なんてこと! 私が蒔いた種じゃない!」

  おわり


『ワシと矢』より