ルーミアの分け前
うっすらとした月明かりの下、ルーミアは闇に親しい自らの能力をふんだんに利用して、湖の畔にうまく身を隠した。真っ暗な水中には仲間の妖怪が待ち構えている。 そこへ、青白い装束の少女が薄闇に紛れて飛んできた。ルーミアは今すぐ飛びかかりたい気持ちを必死に抑え、雑草を握りしめながら少女の動向を見守る。少女は湖の上を滑空し始めた。もう少し。もう少し。そうして……、少女が湖の中央に到達したところで、ルーミアは勢いよく身を投げた。 「わっ!」 同時に湖から盛大な水しぶきが上がる。湖から出てきた着物の人魚は少女に飛びつこうとするが、ひらりと身をかわされあえなく湖面に落下した。 「置いていけ! 食べ物を置いていけ!」 ルーミアは少女の周囲をぐるぐると飛び回り、早口で要求を突き付ける。 「ちょっと待ってください。いきなり何ですか貴方たちは」 妖怪たちの襲撃にも少女は全く動じない様子で、なだめすかすような口調で二人に問いかけた。ルーミアはたいそう拍子抜けして、威勢よく飛び回ることもやめてしまった。 「なーんだ。お腹が空いていただけですか」 襲われた少女は岸辺に降り立ち、湖の側に二人の妖怪がちんまりと並んだ。一人は水に浸かりながら。 「だったらちょうどよかった。人里で貰った野菜なんですけれど、よかったらどうぞ」 少女はそう言うと抱えていた包みを差し出した。その途端、妖怪たちはきらきらと目を輝かせた。 「じゃあ私はこれで。無闇に人間を襲っちゃだめですよ?」 少女はくるりと背を向け、軽やかな足取りでその場を後にした。だがルーミアは、その人間のすらりとした背中を目にするや否や、うずうずと物欲しい気分になってしまった。居てもたってもいられなくなったこの妖怪は、去り行く少女に飛びつくと顔や全身をベロベロと舐め始めた。少女はひどく驚き、ルーミアに星形の弾幕を浴びせると慌てて飛び去った。 服の一部がチリチリに焦げたルーミアは、それでも顔に笑みを浮かべながら岸辺に戻ってきた。協力者の人魚は、未だ包みを開けることなく湖で尾鰭をぴちぴちさせていた。 「さて」 ルーミアは人魚のところへ近寄り、月明かりを頼りに包みの紐をそうっと解いた。すると中から、一株の綺麗な白菜が顔を出した。 「わあ」 二人は同時に控えめな歓声を上げた。ルーミアは溢れ出る唾液を啜りつつ人魚に問いかけた。 「じゃあ、取り分を決めないとね」 ルーミアの言葉に合わせて、人魚は尾鰭を一層ばたつかせた。 「まず、私の手柄が殆どだったからこれだけ貰うよ」 ルーミアは葉っぱの大部分を指差した。人魚は残りの根っこの部分を見て、しゅんと眉を下げた。 「あと、白菜の残りなんだけど、どう? 私に譲る気はない?」 人魚に目を合わせたルーミアは、笑顔で首を傾げて見せた。人魚は目を見開いてブンブンと首を振る。 「へえ、そういう反応するんだ」 ルーミアは湖に向かってぽつりと吐き捨てると、ずいずいと人魚に詰め寄った。 「辞退しないと、ひどく後悔するよ?」 ルーミアは人魚と口づけできそうなほどに顔を近づけ、自らの口を大きく開けてみせた。人魚は目をぎゅっと瞑り、ぶるぶると震え始めた。ルーミアはそれを一瞥すると、人魚のおでこをツンツンとつついた。 「じゃ、この白菜は持っていくから」 白菜を抱えたルーミアはすっかり怯えた人魚をよそに、湖に背を向けた。すると振り返った正面には、先ほど帰ったはずの少女が腕を組んで立っていた。少女はルーミアの目を見ると、にやりと口元を歪めた。 「ああ残念、そういう妖怪だったのですね。だったら私も“見返り”を頂きましょうか」 おわり 『野生のロバとライオン』より