緑色の紅葉
博麗神社の茶葉が切れた。お茶が飲めないのは、ここの巫女にとって死活問題である。 どうやら人里も茶葉が不足しているらしい。進退窮まった霊夢は、縁側に寝そべって蝉と一緒にただ呻(うめ)くばかりであった。 そこへ、季節外れの神様が通りかかった。黄色の頭に小ぶりの紅葉(もみじ)をあしらった彼女は興味本位なのだろう、平べったい生物にすうっと近寄った。 「どうかした?」 「誰?」 霊夢は顔を上げ、自分の顔を覗き込む人物を捕捉した。しばらく彼女の髪飾りを見つめていたかと思うと、突然ガバと飛び起きて彼女の両肩を掴んだ。 「静葉! あんた茶葉作れないの? 作れるでしょ!」 肩を揺らされる神様は何事かと狼狽する様子であったが、漸く正気を取り戻すと、そっと霊夢の腕を払った。 「茶葉? ……ふふん、それぐらい私に任せなさい」 静葉はそうして懐から、黄色の紅葉を取り出して、筆と絵の具も取り出して、緑の色を塗り出し始めた。 「はいできた!」 艶やかな若葉色になったそれを霊夢に、胸を張って自慢げに渡した。 「なにこれ」 「茶葉よ。確かめてごらん?」 霊夢は静葉を疑いの目で見るがあまりに自信のある顔だったので、恐る恐る葉を舐めてみた。ほどよい苦みが舌の先から口全体へ、ぶわっと広がった。 「嘘」 「本当よ」 霊夢は目を丸くするばかりだった。そうしている間にも、静葉は残りの絵の具でできるだけの茶葉を作り続けた。 保存用の桐の箱一杯になった茶葉を見て、霊夢は頬が緩みっぱなしだった。 「こんなものでいいかしら。じゃ、お礼をいただくわ」 「え」 「お礼よ、おれい」 不敵な笑みを浮かべて右手を差し出す静葉に、霊夢は少し悩んだ後、やにわに陰陽玉を展開した。 「妖怪と大差の無いあんた、退治されないだけありがたいと思いなさい」 思ってもみない返礼に震え上がった静葉は、一目散に逃げ出した。 後日、通りすがりの魔法使いが境内を覗いてみると、庭に散らばった葉っぱと縁側で呻く霊夢が発見された。 おわり 『オオカミとサギ』より